2017年11月21日

小平3・3・8号府中所沢線をめぐるこれまでの動き

 都道小平3・3・8号線が都市計画決定されたのは、今から50年近く前の1963年です。東京オリンピック開催を目前に控えたその頃、机上で都内の各地に道路計画が線引きされたようです。その後半世紀近くを経た現在まで、その計画は大きく変更されることなく、引き継がれてきました。

 塩漬け状態だったその計画が、大きく動き出したのは、1995年です。府中市部分の建設に着手することが決まり、小平市内でも計画についての説明会が開催されました。住民からの反発は大きく、多くの自治会や自然保護団体などが、計画の中止や変更を求める活動を展開しました。それでも、計画は着々と実行され、2006年には府中市部分が完成し、2007年には国分寺市部分の建設が正式に決まりました。

 小平市部分については、東京都が2010年2月に市内で説明会を開催し、平面構造で約1.4kmを整備する方針を明らかにしました。東京都が説明した小平3・3・8号線の整備効果は、多摩地域における人やモノの動きの円滑化、府中街道をはじめとする周辺道路の渋滞緩和、生活道路に侵入する通過交通の排除、地域の防災性や安全性の向上、快適な都市空間の創出、というものです。

 説明会には、600名もの市民が集まり、様々な疑問を提示しましたが、東京都は十分に答えないまま、2010年5月から、道路建設に伴う環境影響評価を始めています。


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(『どんぐり通信』1号保存版より)

『どんぐり通信』1号保存版地図.pdf
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