2010年03月17日

『歩いて、知る 338(328)号線』に参加して(1)

3月14日(日曜日)に行われた『歩いて、知る338号線』に参加しての感想を述べさせていただきます。これは現地でお話して下さった、Sさん、Oさん、Gさんのお話をメモしたものをまとめ、メールにて投稿した際、拙文に、皆さまが補足・訂正して下さったものを追加させて頂きました。うまく織り込めたかと心配しています。そうでなかったらすみません。またあれこれ訂正しつつ、みんなで歩いたことの記憶の共有になればと思います。

参加する前と参加した後では、大きく変わったことがありました。やはり「百聞は一見にしかず」でした。みんなで歩きながら、SさんやOさん、Gさんの説明を現地で聞かせて頂いて、道路が出来るということはこういうことなのだと実感しました。最終的な参加者は22名、新しくご夫婦で参加して下さった方、チラシを見て参加して下さった方、国分寺部分の運動をされている方、市議の方、338のメンバーなどで構成されています。

3月14日晴天です。13:40分に多摩総合医療センターを出発。右手の国分寺崖線に向かいました。雑木林に囲まれた小高い丘で、この下には湧水が流れ、東京経済大の方にまで向かっているとか。道路で多くの崖線が削り取られたそうです。かなり急な角度で手すりのある階段が設置されています。階段を下るとひんやりとした木立の向こうの右手に神経病院。養育院、などが見えます。小さな公園もありました。残された環境からも、工事の前の自然の豊かさが想像できました。

そこから南西に下り、府中3・2・8道路の「完成部分」に出ました。10メートルの環境施設帯があります。電柱は地下に埋設され、何も知らない歩行者は、広く歩きやすい歩道という印象を持つかもしれません。しかしここにはかって市民が生活していた生活の思い出があるのです。それを行政の力でもぎ取った上にこの道路はあるのです。それを忘れてはいけないと思いました。都はこの辺りを「快適な都市空間」のモデル地域として特に整備したいのかも知れません。しかしいくら環境施設帯を設けても、騒音と排気ガスがなくなるわけではありません。道路に沿った住宅の東側は道路が完成してから新築された住宅です。道路を挟んで向こう側は古くからある住宅で、多少景観が違って見えました。住宅からの車が3・2・8道路に入るときには、直接道路にアクセスできる訳ではなく、いったん家の前の「側道」を通ってから道路に出ることになります。

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3・2・8道路に沿って少し南に歩いて、東八道路(東京−八王子)との交差点を見に行きました。その交差点は東八道路の西の突きあたりなのです。東八道路は4車線、幅30メートル、歩道7メートル。
「この交差点から更に西に、幅36メートルの東八道路の延伸計画がすすめられている」とSさんは話しておられました。

3・2・8号線はこの交差点から南に向かい甲州街道と交差し、住吉町で府中街道と合流し名前を変えて鎌倉街道となり、町田に向かいます。「3・2・8道路」の交通量は平日は15,000台〜18,000台(その日は日曜日なので二割減)。東八道路の交通量は平日35,000台。合わせて40,000台〜53,000台もの車がこの交差点を通過することとなります。
「この交差点に30分も立っていれば騒音で頭が痛くなってくる。裁判官に30分、ここに立っていてもらいたい」とSさんは話しておられました。

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また戻って、先ほどの多摩総合医療センターの裏手に当たる場所を右手に見ながら、「3・2・8の完成部分」を歩きました。医療センターは道路を挟んで向こう側の、崖の上にある形になります。両側の崖の切り通しの法面には階段状にブロックが積まれ、その一つ一つに小さなつつじが植樹されています。これが「都自慢の緑化ブロック」だそうです。つつじの葉はまだ細く、頼りなげに揺れています。全体的に黄ばんだ葉や、虫食い状態の葉が多く見られます。これから夏にかけて雑草が生えた場合、しっかり保全されるのでしょうか。ともあれ植物に罪はありません。過酷な環境に耐えてくれることを祈るばかりです。

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この坂は、下から登って来る左車線の方が特に音が大きく、また強くアクセルを踏み込むため排気ガスも多く発生します。完成部分の坂の下には、元からあった道路もそのまま残されていました。ここに暮らす住民の方は、ベランダが真っ黒になるなどの被害を訴えておられます。坂の上の切り立った崖の上には、唐突に竹林が揺れていました。おそらく道路に切り取られて崖の上に僅かに残されたのでしょう。この竹は高台から土地の変遷を眺めていたのでしょう。この辺りを歩いているとき、今まで以上にほこりと排ガスにまみれている気がして、不愉快になりました。完成部分を過ぎると、途端に空気が静かになりました。
でも「これからショッキングな光景が広がっていますよ」とOさん。

やがて中央線を高架で渡る部分の手前部分が近づいてきました。
用地買収に応じた家と、そうでない家がまだら状になっています。用地買収に応じた部分は既に整地され、緑色の網目状のフェンスで四方を囲まれています。土は雑草が生えぬようアスファルトで固められたり、黒いビニールシートで覆われたりしています。まるで「死刑宣告された土地」のようにも見えました。

「道路予定地。部外者の立ち入りを禁ず」
こんな立て札をしなくても誰も好き好んでこんな場所に入る人はいません。まだ買収に応じない地権者にプレッシャーを与えるためなのでしょうか。人々に道路予定地を宣伝するためでしょうか。ところが道路予定地に新築をしている家があり、どう理解したらいいのか、不思議な光景でした。

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中央線の高架部分は36メートル。奈良橋通りをつぶさないために高架にしたそうです。私たちが立っている高台から、下に中央線の線路が見えます。向かって右方向が西国分寺。左方向が国立です。この高台のフェンスに、線路に沿うように細い道があり、人や自転車が盛んに通っています。これは抜け道としてかなり利用されており「この道は生きる」のだそうです。
国分寺市内藤1−32で線路をまたぐ跨線橋を渡ると日吉町です。

だんだんと用地買収地が増えてきました。国分寺は道路が斜めになっているので、用地も斜めに残ることが多く、使い道に困るような三角の土地が、あちこちに残されていました。交渉の途中で「(残地が三角形に残っても)予定地しか買わない」と言われ、困り果てた地権者が、不動産屋に安く買い叩かれた例もあるとか。都はどのような配慮をしているのでしょうか。「残地は駐車場にしなさい」というのが都の方針だそうですが、勝手に居住する権利を奪っておいて余りにも薄情な気がします。国分寺の残地を見て、改めて道路計画のもたらす非常に暴力的な部分が見えた気がしました。

国分寺は「植木の町」と言われているだけに梅林や畑、竹藪が点在しています。この辺の農家は人出が足りず、畑から梅林や植木に変えて土地を守ろうとしていました。私たちはその風景を当たり前のように享受してきたのです。それが更地になってしまったのを見て、思わず胸が痛みました。
農家の庭先では瑞々しい産直の野菜を売っています。赤カブが美味しそうで思わず買ってみたくなりました。
農地は相続税などの関係もあり、用地買収に応じた家が多いそうで、こんな風景も少なくなってしまうでしょう。思いがけない場所に、道祖神やお墓があり驚かされました。土地の精霊たちも、無残に破壊されてしまう父祖伝来の地を嘆いているのではないでしょうか。

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第五小学校前は用地買収に応じた畑もありますが、まだ今のところは広々とした畑が残っています。窓から豊かな畑を見ながら勉強していた子供たちは、一転して道路の排気ガスと騒音にさらされることになります。「暑い時には窓を開けて授業をしていたんですよ。これからは窓を閉めてクーラーということになるんでしょうね。道路が完成すれば、校庭のプールから30メートルの場所に車が走ることになります」とOさん。
プールもきっと浮遊物質で汚れるに違いない、ぜんそくの子どもが増えるのでは、と心配です。
この辺りに、周りは全部用地買収に応じて更地になっているのに、一軒だけ残っている家がありました。国分寺訴訟の原告の方の家だそうです。
「家が泣いている」と感じられるほど、強く心に残る風景でした。

西恋ヶ窪あたり。奥には周りを屋敷森に囲まれた内藤神社があります。
のんびりとした春の住宅街。しかしここにも買収済みの土地が、黒いビニールシートをかけられています。その上に転々と白と黒の土のうの袋が規則的に置かれているのが、まるでオセロのように見えました。

九小角の恋ヶ窪公民館でしばし休息しました。Oさんのお気遣いでお茶とお菓子を頂きました。甘いものが美味しく、再び歩く元気が出てきました。
西恋ヶ窪の郵便局から市役所通りを渡り、市役所の脇の道を通りました。市役所の建物は「耐震上危険な建物」ということです。この市役所の西側の一部も道路にかかる形になっています。

(つづく)


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